2019年5月14日火曜日

初・海外「旅行」!モザンビーク北部「ザンベジア州」へ!!(出発編)

お久しぶりです!
お散歩隊員ジャッキーです。
気が付けば最終更新日から早1か月以上……更新しようと書きかけの記事も半分もいかずにストップしておりました。

そんな状況を打破するためにも!今回は私の人生初!海外旅行記を書きたいと思います!!
ちなみにモザンビークへは「旅行」で来ているわけではありません。あくまで「渡航」。
しかし今回は,先輩隊員を訪ねはしたものの,自分の活動と直接の関係はございません。まさに「旅行」です!


ちなみに今回の同行者は,同期隊員でもう一人の初海外勢,Tくんです。


さて,今回我々が訪れたのは,モザンビークの北部に位置する「ザンベジア州キリマネ」という町です。
普段活動している首都マプトは,モザンビークの南端。ザンベジア州は北端とまではいきませんが,その間は2000kmほど開いています。
そんなわけで,今回は飛行機を使っての旅行となったのであります。


☆初!海外で飛行機手配!!☆


そんなわけで!
国内でも飛行機を自分で手配した経験はおそらく片手で数えられるほどです。
そんな私が海外で飛行機の手続き……いやいやマジですか,と最初は思いましたが……。
今や超国際化社会。日本の旅行サービスサイトで,世界中の航空券を調べられる時代でした。おまけにクレジットで購入する際に使う貨幣は日本円。なんの心配もいらないまま,ほいほいクリックしているうちにチケットはとれてしまいました。


☆前途多難!?飛行機の時刻変更☆


チケットの手配があっという間に終わったので,あとは出発するだけとなってウハウハしていた出発2日前……突然その情報はやってきました。

「飛行機の時刻変更について(英文メール)」

やめて!
私ポル語も今一だけど英語はなおさら今半分以下です!!

と思ったけれどとりあえず読んでみると,とても分かりやすい英語表記のため何とか解読可能。
どうやら朝一番で飛ぶ予定だった飛行機の遅延が決定し(2日前に),10時ごろ飛ぶことになったようでした。
なんだそれならゆっくり出発できるや,とのんびり構えたのもつかの間……
一抹の不安が胸をかすめました。

「あれ……乗り換えの時刻大丈夫……?」

そう,今回の旅程は,比較サイトで最安値とされていた「乗り換え1回プラン」を選択していたのです。
当初の予定では乗り換えの待ち時間が1時間半以上あったため,何の心配もしていませんでしたが,遅延時間は3時間以上……便利な便利な旅行情報共有サービスに今回の旅行の整理番号?を入力したところ,乗り換え先への到着時刻が,出発時刻を余裕で超過している事態が判明。

このままでは到着できない!!
というわけで今回利用することになった「LAM(モザンビーク航空)」に問い合わせました。
・夕方過ぎだったので電話は繋がらないと踏み,メールで連絡。
・同行者のTくんに添削を頼む段階になって,何故か英語でメールを書いていたことに気が付く。

というよくわからない状況でしたがとにかく送信。
およそ1時間後……知らない番号からの着信。まさか,と思い出てみると,案の定LAMの担当者さんからでした。
おそらく英文でメールを書いていたためでしょう。最初から英語で話してくださる紳士っぷりです。しかし大変申し訳ないことに,私の英語は中学生レベル。まして最近はポル語に浸食されまくっており,中学生の毛が落ちたレベルです。
思い出せない英単語,表現……随所に交じるポルトガル語……2年前にお世話になった某小学校の当時5年生諸君の方が,おそらくよっぽどいい英語話者だと思われる事態。
(もし見てたらぜひ英語でコメント書いてね!ちゃんと返信できない可能性大だけど!!)

しかし,担当者は紳士でした。
随所でポルトガル語の単語が聞こえたためか,「ポルトガル語の方がいいですか?」と一言。
飛びつくように「Sim! Por favor!!(はい!お願いします!)」と述べ,その後は基本ポル語で,時々英語で補足説明をする,という神がかった対応をしてくれたのでした……!!

で,結局担当の紳士がおっしゃりたかった内容としては。
・今回の遅延はLAM側の不手際なので,直ちに新しい便を用意させてもらう。
・当日は予約内容と全く同じ旅程は用意できない。もし同じ旅程を希望するなら,一日早くか土曜日出発になってしまう。
・時刻が変わっても構わないのであれば,当日の午前中の便に変更することができる。

とのこと。
またLAMの事情なので,変更の手数料なども必要ない,ということでした。

十分すぎる内容のサポートに感謝しながら電話を終え,無事出発できることとなった初海外旅行。出発前にドキドキしまくりましたが,LAMのステキな紳士との出会いに感謝感謝でありました……!!


☆いざ出発!ザンベジア州キリマネへ!!☆


散々ドタバタした出発前でしたが,当日はなんの滞りもなく出発することができました!
すったもんだしながらマプト空港国内線ターミナルに到着。
最初は空港に入っているLAMの窓口に行き,「チケットを発券してほしいんだけど」みたいなことを話してから入りました。

今回は手荷物だけのため,搭乗受付でリュックにタグをつけてもらい,保安検査場へ。
陽気なけん玉好きのおっちゃんと,スカーフがお洒落なおばちゃんに見送られ(?)待合室へ。


時間にビビりまくりだったため出発まで1時間以上の空き時間が発生。特に何をするでもなかったので,国内線2階のカフェでおやつタイム!



その後もいい感じに待ちながらいよいよ飛行機に搭乗です!
離陸前には色々と暗い話題で盛り上がり(墜落したら最後のスカイダイビングを楽しみたいとか,どうせなら動画撮ってアップしてから叩きつけられたいとか……),いよいよテイクオフ!!
窓際の席でもなかったので,飛び始めて割と早い段階で睡魔に負けました。


その後機内食が出てきたり。


眼下に広がる美しい海を眺めたりしているうちに。


飛行機はキリマネ空港に到着しました!!
ちょっとかわいい小さめサイズの空港から,キリマネでの4日間がスタートするのでした。

到着後の様々については,また次回!
それではー!!


2019年4月6日土曜日

海外で感じた,「敬意を示すことの大切さ」(第10週 3/31 ~ 4/6)

 Ola!

 体調不良から完全復活!!とまではいきませんが,とにかく元気になりました!
 まだ体力が戻らないのを一番実感するのが,大好きなお散歩の最中です……途中からどうもお腹が気になりだし,体に倦怠感(疲労感?)が訪れます。

 これが30代か……

 などと思っていてはいけません!!
 私の知る限りにおいて,30代でも40代でも若者に負けずにバリバリ動いている方は大勢います。年齢を言い訳にしたら終わり!やりたいことをやりたいようにやるだけの体作りは絶対続けます!

☆初のガチギレ in Moçambique☆

 やっちまいました。
 草の根外交官。外交官としてあるまじき行為だったと,正直少し反省しています。
 でもどうしても頭にくる出来事だったのです。

 それは体調が戻り,活動も再開できた日のことでした。
 食材が底をつきそうだったので買い物に出かけたところ,シャパ(バス)がパラージェン(乗り場)に停まってお客さんを下ろしていました。
 別に何も考えずに普通に横を通り過ぎようとしたところ,コブラドール(車掌)から「Oi」(よう!)と声をかけられました。乗ると思ったのかな?と思って立ち止まったところ。

「チンチャンチョン!wゲラゲラゲラw」

とあからさまにバカにした態度。
 いつもだったら「はぁ?」みたいなジェスチャーして通り過ぎるところでしたが,いかんせんこの日の私は心のゆとりがいつもの半分以下でした。思い切りガン睨みして,「他人に敬意を持つべきじゃない?」と片言ポル語で反論。

 前に子供と同じような問答をした時は,こっちが不快に思ってるのに気付いたのか,子供は「はい……」とシュンとなってくれたのですが,今日は相手が違いました。

「何言ってんだよ,ここはモザンビークだぜ,おっさん」

 吐き捨てられたこの一言が,私の逆鱗に触れました。

 「もちろんだよ,ここはモザンビークだ」
 「モザンビークには何の問題もないし,私はモザンビーク人が大好きだ」
 「でもあなたは違う。人に敬意を持たないあなたは問題だ。私はあなたが嫌いだ。」

 ということを片言ポル語でめっちゃしゃべりました。
 しかしコブラドールは「何言ってんだこいつ?」みたいな感じでシャパをたたき,車は走り去っていきました……。

 残された日本人は憤るしかなく,もうそのまま帰ってふて寝してやろうかとすら思いましたが……その時パラージェンで降りたおばちゃんが,話しかけてくれました。

「ぶんなぐってやればいいのよ」

 おばちゃんの言葉が,自分の中でスイッチを切り替えてくれたように思いました。
 と同時に,なぜコブラドールの一言がものすごく頭に来たのかも納得がいきました。

 一瞬モザンビーク人やモザンビークに対してネガティブになりかかった自分でしたが,そもそも腹が立ったのはあのコブラドールに対してです。他の乗客は別に笑ってもいなかったし,第一自分も言った通り。モザンビーク人は本当にいい人がたくさんいます。

 そんな腹立たしいコブラドールが,モザンビークすらも侮辱したように思えて,自分は無性に腹が立ったのだと思いました。自分の無礼をモザンビークのせいにしている発言が,ものすごく嫌だったのだと思います。

 確かに中国人に間違われて嬉しくはありません。日本人だからです。でも「ニーハオ」とか「シネーズ(中国人)」とか,そういうのは知らないのだから,仕方がないと思います。
 むしろきちんとこちらを見て,挨拶をしようとしているのであれば,きちんと挨拶を返して,「私は日本人なんですよ」と説明するべきなのだと思います。そうすれば次からは「ジャポネーズ!(日本人!)」「カズ!」と呼んでくれるようになります。

 敬意をもって相手に接すること。それは日本だからとか,先進国だからとかではなく,人と人とが関わっていくうえで,なくてはならない意識なのだと思いました。


 結果的におばちゃんに憤りを抑えてもらったお散歩隊員は,校長先生から情報を頂いた近所の中華ショップを探して病み上がりなのに歩き回り,かなりの疲労を得てしまったのであった……。


☆大調査!モザンビークのお買い物事情☆

 というわけで!
 かねてより注文のあった,モザンビークのお買い物事情について,今回から少しずつ書いていきたいと思います!

 というのも,モザンビークには「あー,イメージしてたアフリカだわ」と思う露店や市場もあれば,「ん!?アフリカってこんな感じなの!?」と驚きを禁じ得ないスーペルメルカド(スーパーマーケット)まで,様々なお店があります。
 私もまだまだ初心者ですので,見つけたお店や気になったところを順次ご紹介していきたいと思います。

〇お店ナンバー01 「Shoprite(ショップライト)」

 記念すべき第一回は,私も日ごろからお世話になっているスーパー「Shoprite」のご紹介です!
 Shopriteは南アフリカ資本のスーパーらしく,野菜や果物はもちろん,肉,魚,冷凍食品,乳製品,ジュース,お酒,缶詰などなど……食料品はほとんどなんでも仕入れることができます。
 また中にデリコーナーやパン屋さんもあり,バリエーション豊富なお惣菜やお店で焼いたパンを購入することもできます。

① 果物やお野菜はどれも新鮮!……とは限りません。
腐っているものを見極めるのも大切です。
基本的には量り売りなので、欲しい分だけ袋に入れて,
店員さんに渡すと値段シールを貼ってくれます。

② チーズやバターも色々な種類があります!
ゴーダ,チェダー,モッツァレラ……
中身は日本と同じように,一枚ずつ包まれています。

③ ジュースも一区画を占める品ぞろえ!
メーカーもたくさんあります!
ちなみに…手前のメーカーのミックス
ジュースはネーミングが面白いです。
(例:秘密の渓谷,季節の宝物など…)

④ アイスクリームも色々!  
奥に見える赤いパッケージは,
ショップライトのプライベートブランド?です。

⑤ 冷凍のピザもあります。
冷凍食品は他にもお惣菜やミックスベジタブルなど
種類が豊富です!

⑥ パン屋コーナーです!
食パン,長パン,ベーグル,クロワッサン……
ケーキも売っていたりします。


 さらには,文房具や洗剤,シャンプーやベビー用品といった日用品から,電子レンジやトースター,ケトル,果てはスチームクッカーといった調理器具まで売っている店舗も!
 我が家の最寄のShoprite(徒歩30分強)は,規模的にはそれほど大きくはありませんが,それでもレンジくらいは買うことができます。

 またショップライトの周りに色々なお店が並び,ショッピングモールのようになっているのもとても便利です。
 (私の実家のすぐ近くにあるヨー〇タウンみたいだなぁ,と思っています)

 最寄り店には
 ・レストラン(焼いた肉とお酒を提供する店?)
 ・PEP(「ファッションセンターし〇むら」に近い。服と雑貨屋)
 ・Vodacom(携帯ショップ)
 ・ピザ屋
 ・Taka Famba(ハンバーガー屋。安全アドバイザー曰く,世界一美味しい店)
 ・King Pie(スイーツショップ。毎週火曜日はソフトクリームが24MTに!)
 ・KFC

 のようなお店が並んでいます。
 生活圏内に世界的チェーン店があることを知った時の安堵感は,中々のものでした。

 ……ただ,まだトライはできていません。
 本当は誕生日に行くつもりだったのですが,例の体調不良でそれどころではありませんでした……


 以上!ショップライトのレポートでした!

 明日は土曜日ですが,小学校は「体育の日」だそうで,みんなで集まって運動するのだそうです……!
 でもそんな日があるというのはとても素敵なことです!今年は逃しましたが,来年はぜひ運動会を……などと画策してしまう日本人でした。

2019年4月4日木曜日

番外編① 1週間の闘病と,病人を救った日本のもの

 Olá!(こんにちは!)
 さてさて……前回の更新でもチラッと書きましたが,この度私は盛大に体調を崩していました。どのくらい崩したかというと。

①連日の下痢(3時間置き位でお呼びがかかる)
②食欲の減衰(腹痛なのか空腹なのかもよくわからないが,食べると下す恐怖もあって食べたくない)
③発熱(30歳の誕生日深夜に39.5℃
便に血が混ざる恐怖の症状

これでオプションに嘔吐でもついてたら……と思うと恐ろしくて仕方ないです。
 (実際マックス熱が上がった夜は吐き気もあり,動けなくなって床に倒れこんでしまいました……)

 活動先のご理解を頂き,ゆっくり療養させて頂いていたおかげでずいぶんとよくなったので,明日からは活動開始したいと思っている水曜日の夜です。


☆体調を崩した私を救ったもの☆

 モザンビーク到着以来,最も体調を崩した今回。
 何が自分を救ってくれたのだろう……と考えた時に,「これだ!」と言えるものがいくつかありました。ブログをご覧頂いている方の中にも,これから長期間海外に滞在しようと考えている方もいらっしゃると思いますので,いくつか紹介したいと思います。

① 経口補水液(スポーツドリンク)


 兎にも角にもこれ。これの存在は大きかったです。
 今回一番悩まされた下痢は,ご存知の通り水分を大量に消費します。同時に塩分や糖分といった生命維持に必要な成分も,汗と下痢によって失われていきます。
 そういったものを,効率よく,そして何より美味しく補給してくれるスポーツドリンクは,なかったらダメだったかもしれないとさえ思います。

 ちなみに,モザンビーク産の経口補水液パウダーもあります。
 表紙の見た目はおいしそう!オレンジ味?!
 病院で処方されたときにはワクワクして,1Lのミネラルウォーターに溶きました。
 ちょっと薄いがオレンジ色!匂いも薄めのオレンジジュースみたい!美味しそう!

 ……………
 なんじゃこりゃ
 水で薄めた海水。塩水。他の形容が思いつきません。
 まっずい!!!
 結果……今回の体調不良で,ポカリ1袋,アクエリ1袋,ビタミン飲料1袋の計3つを消費しました。日本のスポドリは美味しい。子供がジュースみたいってガブガブ飲めるくらいです。美味しいに決まってます。ありがとう。

 以上からもわかるように,特に途上国長期間滞在するのであれば,水に溶いて服用するタイプのスポーツドリンクをちょっと多めに持ってきておくことをお勧めします!ちょっと多めにあると,ケチらずにいざというときに使いやすいと思います。

(ちなみにモザンビークにも500mlペットボトルでポカリが売っていました。日本の倍ぐらいします……!)

② 日本の米

 アフリカで主に食べられているのは細長いお米です。
 炊くとパラパラしていて粘りはなく,汁気のあるカレーや煮物と一緒に食べると非常に美味です。
 しかし今回,病人の私が欲していたもの……それはお粥でした!

 偉大なる日本の食文化,お粥。世界的にも認められる優れた病人食です。
 お粥を作るには,やはり日本のお米特有の粘りが必要です。以前アフリカ米でおじやを作ろうとしたことがありましたが,全くうまくいかなかった苦い思い出があります。

 今回はたまたま常備していた日本米があったため,それをふんだんに使ってお粥を作りました。レシピはこちらを参考にさせて頂きました……


 米1に対して水5の比率で炊くといいらしいです!
 水を吸わせる時間をとらなくても美味しくできるレシピ,とてもありがたかったです!

 ということで……。
 お粥嫌いな方もいらっしゃるかもしれませんが,それならばうどんでも何でも構わないので,体調不良の時に食べられるものを常備しておくことはやはり大切だと痛感しました。
 もし渡航先の食文化に不安がある場合は,日本から「これだけはいつでも食べられる!」というものを持ってきておくといいと思います!

③日本の味(ふりかけ)

 お粥と合わせてもよかったのですが,この存在には特に助けられたと思うので,別枠でご紹介します。
 お粥も確かに素晴らしい病人食なのですが,味付けはせいぜい塩・醤油・味噌。卵や中華粥もいいのかもしれませんが,残念ながら今回その余裕はありませんでした。
 そんな中,白がゆに華々しいレパートリーを添えてくれた存在がありました!
 ふりかけたちです。
 特にありがたかったのが,真っ赤なパッケージの「男梅ふりかけ」。梅の酸っぱさが体と心を癒してくれる思いでした……!3日ほど粥を食べ続けましたが,2日目以降は完全にふりかけのお世話になりました。
 またこのふりかけ,今回は粥にかけましたが,普段の白米でも大活躍します!日本にいるときはそれほど執着のなかったふりかけですが……こんなにもお手軽に,美味しくご飯を食べられるなんて……と,日本の食が米とともに歩んできたことを改めて実感させられました。

 そんなわけで!
 私としてはスポドリに並んで海外携行お勧め商品ナンバー1に推したいくらい,ふりかけはお勧めです!特に米を炊いて自炊しようと思ってる方,かさばらないしバリエーションも豊富。かければまず間違いなく美味しい。ぜひおすすめです。


☆まとめ☆

 健康体で派遣されたつもりの協力隊員。
 協力隊は健康基準が非常に厳しく,合格した時点で健康面だけは大丈夫だろう!とタカをくくっていた部分もありました。
 しかし,初めての海外。しかも長期滞在で一人暮らし。言葉も食べ物も考え方も,何もかもが違う環境での生活は,確実に疲労となって蓄積されていたのを実感させられる経験となりました。
 
 そんな中で何が自分を救ったのかというと!

 ①とにかく職場の理解!これがなければ休めなかった。
 ②様々な「日本」の知恵と技術の結晶!やっぱり日本はすごかった!
 ③心配してくださったたくさんの方々

 特に記事の中では②を中心に書きましたが。
 ①と③も外せません。③はJICAの現地スタッフの方々を始め,同期隊員,活動先の校長先生やカウンターパート,お家の大家さん……本当にたくさんの方に温かいお心遣いを頂きました。感謝の気持ちでいっぱいです。
 物ももちろんですが,やはり一番最後に人を救うのは人の心なのかもしれないな,と思いました。皆様本当にありがとうございました!





 最後に。
 今回紹介した日本グッズのほとんどは,実は白川が用意したものではありません。
 出発の前日,奇跡的に再会を果たした友人からのお餞別として受け取ったものでした。

 出発前の白川は,「食べ物くらい向こうで何とでもしてやるさ!」と息巻き,粉末のポカリは一応多めに買っていたものの,それ以外の日本食は一切持ち込みませんでした。
(その後,日本食を求めてマプトを彷徨うお散歩隊員が誕生するわけです……!)

 勢い任せの私とは対照的に,長期の海外生活について真剣に考え,まさに的確に必要不可欠な要素を持たせて送り出してくれたR君です。出会った当初から謙虚なしっかり者で,「みんなのアニキ」でした。私も彼からたくさん学び,感銘を受け,そして命を救われました。

 「ものではなく心」と言いましたが,物に宿った人を思う心もまた,人を救うのだと思いました。
 R君にも,最大の感謝を込めて……本当にありがとう!!

2019年4月2日火曜日

海外で感じた「物の価値」について(第9週 3/24 ~ 3/30)

 Bom dia!(ボンディーア!)
 とうとう華の20代が終わり,30歳となったお散歩隊員ジャッキーこと,白川です。
 たくさんのお祝いメッセージ,本当にありがとうございました!
 さて,最初に書いたのはポルトガル語の挨拶です。私の活動は今のところ午前中に行われるので,一日に少なくとも2~3回はこの言葉を使っています。日本語の「おはよう」です。ポルトガル語も日本語と同様に,時間帯で挨拶が変わります。

・Bom dia(ボンディーア,ボンジーア) → おはよう
・Boa tarde(ボアタルディ,ボアタージ) → こんにちは
・Boa noite(ボアノイティ,ボアノイチ) → こんばんは

という具合です。カタカナ読みはあくまで目安だと思って頂ければ……!
 そんなわけで,今週は色々とイレギュラーなこともあり,考えることもたくさんあったので,ちょっと予定を変更して,モザンビーク人の「物の価値観」について考えたことをツラツラ書いてみたいと思います。


☆エピソード① 日々のものの管理☆

 モザンビークに来て驚いたのは,意外ときれい好きなんだな,ということです。
 お店のディスプレイなんかものすごく凝ってるし,道端の露店ですら靴をきれいに並べ,野菜もわかりやすくひとまとめにして一山いくらと売っています。
 洋服についても同様です。シワシワのシャツなんてあり得ない,子供が着ている制服でさえ,きちんとアイロンがけされていたりします。

 ただし,それがすべての面について当てはまるかと言われると必ずしもそうとは言えません。
 例えば自分の家の周りは,毎朝掃き掃除をして,土曜の朝には草刈りしたり花を植えたりして,とても清潔きれいにしている家が多いです。私の任地は一応首都ですが,郊外の人口密集地なので,かなり古い家やボロボロの家もありますが,そんな家でも「きれいにしてるな」というのがわかる使われ方をしています。
 反面,共有スペースとなる道路や広場,学校などでは全く話が異なります。
 お菓子の袋やペットボトルは平気でポイ捨てです。黒板の前にオレンジの食べカスを捨てていた生徒に注意をしたところ,教室から出ていった矢先に外に向かって放り投げる,という場面にも遭遇しました。
 ジュースやビールの瓶が割れて危険そうなところを,小さな子供が裸足で歩いていたり,小学生が駆け抜けていったりもします。車の中からもポイ捨てをします。下手したら歩行者や対向車にぶつかるのでは…と冷や冷やすることも。
 (バナナの皮を窓から投げ捨てた時には,思わず〇リオカートを思い出してしまいました)


☆エピソード② 与える人と要求する人

 途上国というと,やはりイメージされるのは「物乞い」や「ストリートチルドレン」といった,言い方は悪いのですが他人にお金や物品を恵んでもらって生活できている人たちの存在でした。
 ここモザンビークにも,やはりそういった人は少なからずいます。首都マプトの中心街であっても,歩いていようが車で移動していようが,必ず1回は子供から声をかけられます。
 大概は「パンを買いたいから10mtくれ」「おなかがすいたからお金をくれ」といったことを言いながら,食べるジェスチャーをしたり,お腹を押さえたりして見せます。
 慣れた子供とそうでない子供もいるようで,最初からやや余裕な表情で「ちょっと困ってるんだよ」と近寄ってくる子もいれば,本当に切実そうな表情でいつまでもついてくる子供もいます。

 そういう人たちの事情は,確かにわからなくもありません。
 特にコネもなく,学校もどこまで修了できているかも定かではない。必然的に就ける仕事が限られます。そんな限られた仕事の枠でさえ,きっとかなりの競争率なのだと思います。働きたくても働けない,雇ってくれない。仕事がないからお金もない。生きていくうえで最低限必要な食物さえ手に入らないとあれば,道行くちょっと裕福そうな人……車に乗っていたり,こぎれいな服装をしていたり,外国に来る余裕がある人だったり……お金を持っていそうな人に少しでも分けてもらおうという気持ちはわからなくもありません。

 反面,モザンビークには「与える」価値観も少なからず存在しています。
 赴任前に行われた4日間の任地訪問の際に,数人の児童がお金を出し合って私にアイスクリームをごちそうしてくれました。さすがに子供におごってもらうのは……と思って払おうとすると,「なんでそんなことするの!?」と割と本気で怒られました。
 また一生懸命描いた絵をプレゼントしてくれる子供や,食べていたおやつをみんなにも分けてあげる子供など……「俺のものは俺のもの」では終わらない,他人と分かち合おうとする文化や価値観も少なからず存在するのかな,と思っています。


☆エピソード③ 欲求が先に立つ人々

 エピソード②で,生きていくために他人に要求する人については「わからなくもない」と書きました。ですが,いくらモザンビークが途上国とはいえ,もちろんそういう人ばかりが生活しているわけではありません。
 店舗や企業などでやとわれて働いている人,食料や衣類などの商品を用意して自分で売っている人,タクシーやチョペラ(3輪タクシー)を生業とする人……日本と同じように,様々な仕事を持った人々がモザンビークにもいます。
 驚いたのは,そういう人たちもすぐに「〇〇をくれ」と言うことです。
 警備員が「家に帰るシャパ(バス)に乗れないから20mtくれ」と言ってきたり。スーパーの店員が「帽子ちょうだい」「時計ちょうだい」を言ってきたり。学校に来た作業員が「俺の家族のために君のカメラをくれ」と言ってきたり……。

 おそらく断ったからと言って本気で困るシチュエーションではないのだと思います。
 現に「〇〇をくれ」に対してはすべて断っていますが,それで本気で不機嫌になられたり,ねちっこく言われたことは一度もありません。きっと言ってる本人たちも,もらえたらラッキーぐらいのつもりで言ってるのかもしれません。
 ただ,日本人としては,初対面で名前も知らない外国人に「それいいね。ちょうだい」とは言わないよなぁ……と思ったのですが,よくよく考えてみると……

 日本も敗戦したばかりのころは,米軍の人が見えるたびに「give me chocolate」を連呼したといいますし。自分たちより裕福な外国人に対しては,やっぱりそういう意識が働いてしまうものなのかもしれないなぁ……と思ったりもしたのでした。
 言われた時点では「なんでそんなこと聞くんだろう」「こっちには礼儀とか失礼っていう文化はないんだろうか」と色々考えてしまいましたが,日本や中国といったアジアの国々に対して,モザンビーク人が持っているイメージがそのまま言動になっているのだとしたら。アジア人は,自分たちとは比べ物にならない金持ちだと思われているのだとしたら。そりゃ色々ねだるのもわからなくもないよなぁ……と思ってしまいます。

 ただ,金持ちアジアンに対してはわかることもありますが。モザンビーク人同士でもその傾向はあります。上記のおやつを分けてあげた子供は,最初一人に分けたところ「俺も俺も」とたくさんの子供に群がられ,有無を言わずにおやつをむしり取られていました。
 またシャパに乗るときなども,決して列を作って待つことなどせず,目当てのシャパが入ってきたら一目散にダッシュ。他の人を押しのけてでも自分が最初に乗り込み座ろうとします。
 いい見方をすれば,チャンスを是が非でもつかもうとするハングリー精神。悪い見方をすれば,無秩序,ということなのかと思います。
 上のおやつの例なら,「食べるチャンスを何が何でもものにする」ための行動力も意思もありますが,それによって「最初の持ち主がどう思うのか」「他の子供がどう思うのか」は基本的に度外視です。そしてきっとその日は食べれたとしても次からは,分けてくれた子が学習して,誰にもおやつを分けないか,本当に仲のいい子だけにこっそりと分けるようになるでしょう。

 というのは日本人の考え方で,モザンビーク人にはまた全く違った価値観があるのかもしれません。まだまだわかりません。
 ただ,一定数の「欲求が先に立つ人」の存在がある,というのがここまでの私の印象です。


☆まとめ☆

 結論として何かが言えるわけではないのですが……!
 とにかく考えたのは,

 ①モザンビークは物資的には割と飽和状態?ゴミが処理しきれていない。
 ②「自分の空間はきれいに,その他は無頓着」「自分の欲求が先に立つ人の存在」→自分の範囲しか見えていない,狭い視野?
 ③反面,他人に優しくしようとする人の存在もある。

 こんなところでした。
 特に③に関しては,物をあげるだけではなく,道で困っている人がいれば手助けしてくれたり,シャパの中でおばあさんに席を普通に譲ってあげていたり,よくわかっていない外国人に親切に説明してくれたり……モザンビーク人は基本的に親切な人が多いです。そしてその親切に,何かしらの対価を求めようとすることもありません。ギブ&テイクではなく,ギブはギブ,テイクはテイクな価値観なのかもしれません。

 本当は週末に上げたかったこの記事なのですが,実は30になると同時に体調を崩し,昨日今日あたりに何とか持ち直してきておりました。それはもう,熱は上がるわ下痢は止まらないわの阿鼻叫喚地獄絵図……外国の地で自分は死ぬのだと本気で思いました(笑)
(実は20歳もインフルエンザとともに迎えた白川……10年おきに何かが起こるのかもしれません)
 体調崩している間の奮闘記なども,次回以降に織り込んでいきたいと思います。
 それから!モザンビークのお買い物・お店事情や,去る3月26日に行われた「東洋の星小学校開校記念祭レポート」も書いていきたいと思います!お楽しみに!



☆おまけ☆

 日本でも報道された(と聞いております)サイクロン「イダイ」に被災した中部の都市に向けて,わが小学校でも支援物資を送付する運びとなっていました。先生方はもちろん,各家庭からも衣料品や食料がたくさん持ち寄られ,ちょっとした小山になっていました。
 こんなところにも,モザンビーク人の「見返りを求めずに助けようとする文化」が見え隠れしているのかな,と思いました。

2019年3月25日月曜日

海外で感じた「外国人」であること (第8週 3/18~3/24)

 こんにちは!
 よく他の協力隊員のブログを見ると,書き出しは普段の生活言語で書かれてる方がたくさんいるなぁ,と思っておりました。
 モザンビークの公用語はポルトガル語です。学ぼうとしなければ中々知ることも少ない言語なので,時々突発的に簡単なポルトガル語の紹介などもしていきたいと思います。
 またモザンビークには多数の現地語も存在しています。私の任地のマプトでは,「シャンガナ語」という現地語が普通に話されていて,普通に歩いていても聞こえてくることがよくあります。うちの大家さんとお手伝いさんも,基本会話はシャンガナ語でしています。
 私自身はシャンガナ語が両手で数えられる程度しか使えないので,こっちも紹介できるように勉強してみたいと思います……!


☆日本人の目線から モザンビークの風景紹介☆

 さて!お散歩隊員と銘打ってる程,私は歩き回るのが大好きです。
 日本ではもっぱらバイクや自転車移動が主でしたが,お出かけ先で特に当てなくぶらぶら歩きまわるのが楽しくて仕方がなく,何もないような田舎道も山道も歩き回りました。
 そんなお散歩好きとしては,見ず知らずの異国の地なんてまさにテーマパークです!

 というわけで!
 お散歩隊員の目線から見えた,モザンビークのいろんな風景をご紹介していきたいと思います!

① モザンビークといえば!長ーい海岸線です!
首都マプトにもいくつかのビーチがあります。 

② 我が家の近くの空き地です。
夕方になると中高生が集まってサッカーが始まります。 

③ ふと快晴の空を見上げると……
なぜか電線にぶら下がる靴が……!? 

④ 大雨が降った日の翌日です。
雨宿りをしていた野良犬くん。

⑤ どこまでもまっすぐ続く道路!
モザンビークにはこんな長ーい道がたくさんあります。

⑥ お散歩してたら突然「日本の歌を歌って!」と無茶ぶりしてくれた子供たちです。
何を歌うか迷った挙句,「となりのトトロ」を歌いました(笑) 

⑦ 土曜日の朝の風景です。
家々の玄関先にゴミ袋が置かれていて,業者が回収に来ます。
自分のスペースはきれいにするのですが,それ以外は……


 見返してみると,実はあまり風景写真が多くないことに気が付きました……!
 というのも,やはり自分は外国人。いるだけでも目立つのに,写真なんか撮っていたらめちゃくちゃ目立ちます。それが必ずしも安全とは言えないのが途上国……。
 日本ではついぞ買わなかった,カメラ付きグラサンがものすごくほしい今日この頃でした。


☆「外国人」であること☆

 写真を撮る撮らない関係だけでなく,外国人であることは様々な影響を日常生活に与えています。あまりいいことではないのですが,モザンビークの現状ということでひとつ紹介したいと思います。


 モザンビークには「シャパ」というバスがたくさん走っています。
 そのほとんどはハイエース的なバンです。きちんと整備されているわけではないようで,黒煙を噴き上げながら走っていくものや,中には床が一部抜けて道路が見えるような状態の車体まで……それでも少なくとも走り続けている,日本の車がいかに素晴らしいかを実感させられます。
 さて,シャパは基本的に決められた区間を往復し続けていて,「パラージェン」と呼ばれるバス停でお客さんは乗り降りをします。料金も非常に安いため,たくさんのモザンビーク人が利用しているわけです。
 私も何度もお世話になっているシャパ。先日お散歩で1時間くらいフラフラ歩いたあと,帰りはシャパに乗ろうとしたところ,事件が起こりました。
 パラージェンで待っていると,行きたい目的地行のシャパが。乗りたい意を表すために手を振ると,何故か運転手は「ダメダメ」と立てた指を振りながら,シャパは通り過ぎてしまいました。
 初めて使うパラージェンだったので間違っているのかと思い,近くの店のおじさんに聞いてみたところ,そこで間違いないとのこと。なんで停まってくれないのか……もう一度チャレンジしましたが,今度も同じく停まってくれません。しかもシャパはガラガラです。
 「何故!?」と腑に落ちない顔をしていると,道路の反対側にいた兄ちゃんが来てくれました。曰く……

 「君一人でシャパを停めようとしても無理だよ。オレが一緒に頼んであげるよ」

 とのこと。ありがたい申し入れだが,何故なのか理由を問うと

 「だって君は外国人だからさ」

 ……そうか,外国人が一人でシャパを待ってても,停まってくれないのか……。
 その後来たシャパはきちんと停まってくれ,兄ちゃんが話してくれたコブラドール(車掌)はいやな顔一つせず外国人を乗せてくれました。
 「停めてやったんだから」と言って金銭を要求することもなかった,さわやかでとてもいい人だった兄ちゃんですが,モザンビークで「外国人である」ことはこんな意味を持つんだなぁ,と少しショックだった出来事でした。

 とはいえ,日本でも少なからずそういうことはあると思います。
 徐々に外国人が増えてきたとはいえ,まだまだ外国人に対して抵抗を感じている人も多いことでしょう。自分とは違うものを認め,受け入れるのはやはり難しいことなのだと思います。
 逆に受け入れてもらう側は,様々な好奇の目を向けられたり,偏見を持たれたりしてもそういうものだと思って,友好的な人を増やす努力をしていく必要があるのだろうな,と思いました。
 何より自分は「草の根外交官」。日本人って割といいやつだよな,と思ってくれるモザンビーク人を増やせるように,頑張りたいと思います!


☆今週のまとめ☆

 国際協力,国際理解は一日にしてならず!!
 日々の積み重ねを大切にしながら,いい関係を作っていこう!

(来週は「モザンビークのお買い物事情」をお伝えしたいと思っています!)


2019年3月18日月曜日

活動本格始動!モ国小学校教育の第一印象は……(第7週 3/11 ~

 1週間ぶりの更新です!
 最低でも週1ペースで更新を続けられるように頑張ります!
 週1……というと,日本の小学校で勤めていたころに,学級通信を作っていた時のことを思い出します。大体最初は週1で出したいと思うのですが,日々の忙しさにかまけているうちに延び延びになってしまう……そんな苦い思い出です。
 モザンではそんなことにならないよう!スタートは躓きましたが,巻き返していきたいと思います!

☆モザンビークの公立小学校☆


 さて,今回私が配属されることになったのは,モザンビークのいわゆる普通の公立小学校です。モザンビークの小学校にも色々あって,私立の小学校やインターナショナルスクール,また日本で言うところの附属小学校みたいなのもあるのですが……私の配属先は本当に普通の,住宅密集地の中にある,地域の子供たちが集まってくる小学校です。
 ちょっと他と違うことを上げるとすれば,日本の資金援助を受けて設立された小学校,ということでしょうか。

職員室の入り口にはこんな表示もされていました!

 そんな学校に通う子供たちは,当然日本のことをよーく知っている……というわけではありません。
 初めて顔を合わせる子供たちからもらう第一声は9割方「シーナ!(中国!)」か「シネーズ!(中国人!)」です。中には中国語を捩ったような感じで「チンチャンチョン」と言いながらニヤニヤしてくる奴まで……。
 でも考えてみれば,日本人だって黒人を見た時にどこの国籍かなんかわからないし,外国人に話しかけるときはとりあえず英語を使うことが多いと思います。ましてや日本人なんて世界的に見たらマイノリティ。日本語なんて日本以外で話されない超マイナー言語です。最初から日本を認識してて,日本語で話しかけてくるような奇跡があると思うほうが無理な話です……!

 それでも,一応この小学校に配属される協力隊員は私で5代目。
 2,3人は日本語の挨拶を覚えていて,「おはようございます」「おげんきですか」「さようなら」と話しかけてくれたのがめっちゃ嬉しかったです!


☆全校児童数4000人!?驚愕の三部制授業+α☆


 そんな私の配属先の小学校についての基礎情報です。

〇学校名
・「東洋の星小学校」
・(Escola Primária Estrela do Oliente)
 (エスコラ・プリマーリア・エストレーラ・ドゥ・オリエンティ)

〇児童数
・約4000人(1年生~7年生)

〇設備
・教室数14,職員室,事務室,校長室,校庭(学校から徒歩3分ほどの空き地),購買部

〇教具
・黒板(各教室)
・黒板用定規・三角定規・分度器(あまり数はないのでみんなの共用)
・立体の模型(角柱,円柱,数はとても少ない)
・ボール,コーン(前任までの協力隊員からの寄付?)

〇授業形態
・1~5年生は担任の先生が全授業を担当。(科目も少ない)
・6~7年生は教科担任制。科目も増える。
・ホームルームに各教科担の先生が出向いていく。
・各教室の児童数はおよそ70~80名。
・全学年が一斉に授業を行うことは教室数の都合上不可能なので,1日を3部に分けて授業が実施されている。(朝→6・7年生 昼前~昼すぎ→1~3年生 昼すぎ~夕方→4・5年生)また夜間に中学校未卒業者向けの授業も行われている。

〇感想
 面白いな,と思ったのが購買部の存在です。
 東洋の星小学校は1コマ45分間,休み時間は一律5分間で流れていくのですが,休み時間には基本的に学校内での飲食は自由です。校内の購買部で売られているのは、文房具ではなくお菓子やジュース。時々先生にも分けてくれる優しい子もいます。
 また学校の門の前にも駄菓子屋さんが軒を連ねており、休み時間になると門の隙間からお金を渡してお菓子や果物を購入している子供も少なくありません。


☆モザンビーク流 小学校の音楽の授業☆


 さて。私の担当科目は音楽です。
 なぜ音楽になったのかはまた追々……この因縁は協力隊の面接試験にまでさかのぼります……。
 皆さんは日本の音楽の授業っていうと,どんなイメージが浮かぶでしょうか。
 合唱合奏,音楽の鑑賞,学芸会で発表……そんな思い出のある方は多いのではないでしょうか。
 しかしモザンビークの音楽の授業といえば!

「「 座 学 」」

です。

モザンビークの6年生の教科書です。最初のトピックは音階と音符について。


 最初に授業参観をさせていただいたのですが,一切歌いません!
 唯一声を出したのが「ドレミファソラシド→シラソファミレド」と音階の確認をするときだけ。しかも上がる方はいいのですが,下がるときに「シ」と言いながらドの音から始めているのでズレズレの音確認……。
 この授業は何を意図して行われているのだろう……と本当に疑問に思ってしまうような授業でしたが,モザンビークにはモザンビークなりの事情があるわけです。というのも,基本的に学校で教わることは,「試験をパスするための学習」です。音楽も学年末試験があるから,教科書に書いてあることを授業の中でしゃべっている,ということです。

 それはそれで必要なことだとは思います。
 ただ音楽の授業の役割は,決してそれだけではないと思うわけです。いやいや,音楽に限らず。学校教育の目的,ゴールは「試験にパスすること」ではないはずです。せっかく義務教育期間は定めていても,試験でしか使えない学習を毎日詰め込むなんて,勿体なさすぎると思ってしまうわけです。

 ただそれはあくまで外国人の勝手なエゴ。モザンビークの先生方の中に意識の変革が起こるには……どうしたらいいのかなぁ,と考えています。
 とりあえず自分の持ち時間の中では,上記の理由から音楽理論についてももちろん学習しますが,その理論を実践してみよう!の時間を必ず設けるように意識しています。

・音階の学習→リコーダーの音を聞いて実際に確かめる→リコーダーの音を真似しながら一緒に歌ってみる

・裏拍の学習→表でリズムをとって歌ってみる→次に裏でリズムをとって歌ってみる→どんな違いを感じたか

ということを第7週の授業ではやってみました。
今週もまた別な内容を学習しなければならないので,それをどう実践できるかを頑張って考えているところです……!

きちんと名前を覚えたかな!?
練習問題をやって確認しました。

☆今週のまとめ☆

 今週はモザンビークの小学校事情について,ほんの少しだけ触れました。まだまだ自分も活動を始めて1週間程度なので,わからないことだらけではあります。いろんなことが見えてきたら,また追加で情報を発信していきたいと思います!
 それと肝心な学校の概観とか,教室の様子を写真に撮っていなかったので……!それも追々あげていきたいと思います。お楽しみに!

 さて。本日月曜日は音楽の授業がない日なので……。
 私はこれから中心街に出向いて,6年生用の音楽の教科書を探しに行きたいと思います…!すでに3つほどの本屋さんと,数多くの露店を見ましたが……どこにもないのはなぜでしょう……!?

☆おまけ:マザーテレサハウス訪問をしました
先輩隊員の方に同行させていただき,日曜日に福祉施設?の見学に行ってきました!
未就学児の子供たちは,持ち物全部に興味津々……
「どこから音が聞こえるんだ!?」と,手で押さえたり耳を近づけたりしていました。

2019年3月15日金曜日

勤務地赴任!前途多難な一人暮らしスタート!(第6週 3/3 ~ 3/9)

 ご無沙汰しております!
 気が付いたら自己紹介をしてから1か月……あっという間に時間が過ぎてしまいましたが,ここから少しずつ更新の頻度を上げていきたいと思います!

 さて,本日はモザンビーク到着第6週の出来事をまとめます。
 もう6週間……ひと月と半分も過ぎてしまったのかと思うと,2年間があっという間だという話がよく分かる気がします。
 それでは,出来事別にいきます!

☆Apresentação Final(3月4日)


 任国到着後約1か月間にわたって行われた『現地語学訓練』。
 その総まとめとして行われたのが,最終プレゼンテーションです。
 具体的な内容としては

 ①自己紹介
 ②日本での活動
 ③モザンビークでの活動

の3本立てでプレゼンを行いました。
 参加者は同期隊員,現地調整員,語学講師の先生,そして個別に色々教えてくれたり助けてくれたチューターの皆さんです。ほぼほぼ全員が「カプラナ」という伝統の布で作った服を着用している中,私は日本から持って来たし〇むらのくじらシャツを着用……理由はまた追々お話しします。

 肝心のプレゼンはというと……自分のものは本当に準備不足というか,課題がたくさんのプレゼンでした……!語彙をもっと増やすこと,何度も口にして練習することの大切さを痛感です。
 そんな無念を先輩隊員にこぼしてしまったところ,

「プレゼンするために来たわけじゃないんだから,へこまずにこれで終わらないつもりで頑張ればいいんじゃない?」

とお言葉を頂きました……!!
2年後,活動最終プレゼンで同じ思いをしないよう,今回悔しかったことを何とか乗り越えられるように頑張ります!

ちなみにプレゼン終了後,カプラナの服は無事受け取れました……!


☆任地赴任(3月6日)

 いよいよ任地赴任&一人暮らしが始まりました!
 同期隊員の中には,当日から早速活動を始めている猛者もいましたが……私は校長先生のご厚意で,6日は引っ越しの日とさせてもらいました。いずれ任地や勤務先についても紹介したいと思います。
 私の任地は首都マプトの郊外に位置する住宅密集地にあります。首都の住宅密集地というと,東京のお洒落な住宅街がイメージされちゃいますが……そんなことはありません。ここはアフリカ・モザンビークです。トタン屋根,平屋がぎっちりと固まった,本当に人口が密集した地域です。

こちらが首都マプトの中心街。先進国!という感じがします。

こちらが私の任地の周辺です。大分雰囲気が違います。

 小学校について,家についてはまた追々書いていきたいと思います!

☆勤務開始(3月7日)

 引っ越しの1日を待っていよいよ本格始動した協力隊活動!
 ……ですが,うまくいくこともあればいかないこともあります。特に仕事に対する考え方は日本人とモザンビーク人でずいぶん違うところも多く,これからちょっとずつ慣れたり,納得いかないことは話し合ったりしなきゃならないのだと思います。
 まず勤務初日は,

①授業参観(算数)
②授業実践(音楽)
③教材研究(という名の教科書翻訳)

の3本立てで過ぎていきました……!
 モザンの小学校は仕組み的にやはり日本と大きく異なります。それについてはまた追々!

生徒が手作りのジュースを持ってきてくれました!!
小学校からの相棒のリコーダーは,モザンでも大活躍してます。

☆初めての発熱 in Mozanbique (3月8日)

 というわけで……
 疲れがたまったのか,夜中の3時に目が覚め,異常な発汗を不審に思い,熱を測ったところ…37.9度……。どうかな,と思って朝まで待ちましたがやはり熱は38度台に突入。校長先生に電話をし,活動はお休みさせて頂きました……。
 食べられそうなものはフルーツぐらいしかありませんでしたが,幸い水は買ってあったので,日本で友人から頂いたスポーツドリンクの粉を溶いて飲み,ひたすら寝る……日中の熱さはすさまじかったのですが,おかげで翌日朝方には熱が引きました。

☆まとめ

 活動開始から6週間。ようやく活動報告というか,日記というか……モザンビークの日常がお伝え出来ました。またこんな形で「何をしたー,何をしたー」と日記形式で書いてみたり,たまに「モザンビークの〇〇」と銘打って何かを紹介したりするかもしれません!もし興味のあることがありましたら,是非教えていただければと思います!

 それではまた週末!

☆おまけ
↑たまに遊びに来る,小さな友人です。