2019年5月29日水曜日

初・海外「旅行」!モザンビーク北部「ザンベジア州」へ!!(活動先見学編)

お久しぶりです!
好評を頂いている(?)キリマネ旅行記。
いろんな方に「読んだよ」と言って頂き,何気にホクホクしておりました笑
おかげさまで第三弾です!

今回は,4日間大変お世話になった先輩隊員Sさんの活動先と,4日間の食事について紹介したいと思います!

☆先輩隊員の活動先見学!医療従事者養成校へ!☆

現在青年海外協力隊は「〇〇〇〇年度□次隊」という形で区分して派遣されています。
ちなみに私は2018年度3次隊,ということになっております。
Sさんは2017年度1次隊。私たちよりも1年半も早くモザンビークに来て活動されていた,大大先輩にあたります。

また青年海外協力隊には様々な職種があり,それぞれに活動の内容も異なります。
Sさんは「薬剤師」ということで,薬剤師のタマゴたちが学ぶ「医療従事者養成校」,そしてそのすぐ隣にある病院が活動先,ということでした。

活動先の養成校までは,シャパ(バス)で移動します。
道中にはニョキっと大きなヤシの木が立ち並び,南国感がすさまじかったです!


ただ,中には上の方が切り落とされているヤシの木も……
何か病気にかかってしまったらしいです。切り倒してしまわず,幹だけになったヤシの木は,何やら不思議な光景でした。


シャパに乗るときには,お金と引き換えにビリェーテ(チケット)も渡されます。
首都では渡されっぱなしで存在意義のあまり感じられないビリェーテですが,キリマネでは降りるときにしっかり回収されました。


こちらがキリマネ医療従事者養成校(門を入ったところ)です!
この学校も日本の支援を受けて作られた,ということです!


敷地はとても広く,教室,図書室,職員室,食堂,講堂,宿泊棟……と,たくさんの建物に分かれています。
こんな感じの屋根付き通路になっているので,横殴りのすさまじい雨でもなければ移動も快適そうです!


こちらは先生たちの職員室が入っている建物。
クーラー完備,パソコンもプリンターも日本語の文庫本まで揃った素晴らしい職員室でした!!
職員室にクーラーって……某Cidade SEscola Primáriaよりも設備いいんじゃ……


屋根付き通路はこんな感じです。
モザンビークはとにかく日差しが強い!けれどもこれなら歩いてても快適です。


こちらは食堂の外側にある調理場です。
ちょうど昼食前だったので,大きな鍋で仕込みの真っ最中!
本当に巨大な鍋でぐつぐつ煮込む様は中々の迫力でした!


奥に見える高い建物は貯水塔とのことです。
その下には洗濯物を干すロープが張ってあったりと,学生の生活感があふれる中庭でした。


何に使う台なのかはよくわかりませんでしたが……
形状的にアイロン台か!?などと予想が飛び交っていました。



食堂では用務員さん?が休憩中でした。
モザンビークにはLancheというおやつの時間があり,食間にお茶やパンなどの軽食を食べる習慣があります。
突然訪れた客人に対しても温かく迎え入れ,おやつを分けてくれました。
今日のメニューはベリージャムの挟まったパンと,この上なく甘いお茶……確かに疲れもぶっ飛びそうでした。

ちなみにおばちゃんたちはSさんから日本語をちょこちょこ習っているらしく,挨拶などは知っていました!
写真はないのですが,ものすごく流ちょうに挨拶をしてくれるおばちゃん用務員さんも。
Sさんの人望が垣間見えます。



色々見て回る中で,授業中の教室も見学させて頂くことができました。
小学校の授業は自分のもの以外にもいくつか見たことがあったのですが,言ってみれば大学生や専門学生の受ける授業を見るのはこれが初めて!
当然ながら授業中にしゃべったり内職したりする学生はおらず。
先生の語り口も大声を張り上げることもなく,穏やかでいい授業が展開されていたように思います。


授業後何故か一芸披露のコーナーまで設けて頂き,お散歩隊員ジャッキーは持参したリコーダーで国歌を演奏。
もっと練習して臨めばよかった……!!


すると「吹き方を知ってる!」という学生もいたので,演奏してもらいました。
久しぶりだったようです笑


同期の数学隊員Tくんは,ちょっと面白計算で場を湧かせていました。
さすがです。


最後は真打Sさん!
学生からの「化学の話がいい」というリクエストに応えて化学式の練習問題。
やはりつかみ方というか,持っていき方がものすごく上手でした。学生の呼吸を知っているという感じです。2年後,あんな関わり方ができるようになっていたいなぁ……と思いました。


最後にクラスの皆さんと一緒に!
撮るときも思った。今でも思う。自分の位置にいるべきは絶対Sさんだ……!!


☆活動先見学② 総合病院へ!☆

温かすぎるくらいの歓迎を受けた養成校の次は,すぐ隣の病院を見学させて頂きました!
地方に行くと病院がやたらときれいででかいのは日本もモザンビークも同じでした笑



こちらは韓国の支援で作られたという建物。
非常にきれいです。そして広い。この裏側に,各科毎の病棟や検査室など,様々な建物・部屋があるようです。
お見舞いの人もひっきりなしに訪れていました。


院内の見取り図です。
バイ〇ハザードで育った身としては,こういう「施設見取り図」って無駄にワクワクします。
これ以降は病院ということもあって撮影はできませんでしたが,薬の処方を行うスペースを見学させて頂いたり,病棟の中を少し見させて頂いたりと,健康体で中々日本の病院すら行かない身としては本当に貴重な経験をさせて頂きました。

☆まとめ☆

本当ならば今回は「キリマネグルメ旅」も一緒にしようと思ったのですが,文量が多くなってしまったため今回はここまでにしたいと思います。

間もなく活動を終える先輩隊員の活動先を訪問させて頂いて感じたのは,学生や先生方と,本当にいい関係を作りながら活動をされてきたんだなぁ,ということでした。
これぞまさに「草の根外交官」。Sさんから学んだ学生たちの記憶には,きっと「日本」という国に対するポジティブな印象が残っていくことと思います。

私も2年後,後輩隊員が見に来てくれることがあれば,そんな風に思ってもらえるように!
最近やたらとケンカ腰じゃないかと思うので,反省して仏の微笑みを携えながら日々を過ご……すのは無理かもしれませんが,いい関係を作っていけるように頑張りたいと思います。

それではまた!
次回はキリマネ旅行記最終章,「キリマネグルメ旅」をお送りします!

2019年5月18日土曜日

初・海外「旅行」!モザンビーク北部「ザンベジア州」へ!!(市内散策編)

さて!
キリマネ旅行記第2弾ということで!
今回は,4日間の滞在の中で発見したものを紹介したいと思います。
モザンビーク国内とはいえ,やはり首都マプトとは全く違った風景がそこには流れていました……。


☆散策!キリマネ市内☆


まず到着したのはキリマネ空港。
マプト空港と比較すると本当に小さな空港です。
出発ゲートは一応1~4と表示されていますが,実際のところは1~2は到着ゲート,3~4が出発ゲート。それも1,2と3,4は共有になっているため,実質ゲートは2つだけという感じです。

空港に降り立ったところでまずはお出迎え!
と言ってもお出迎えしてくれるのはタクシードライバーたちです笑
まずは作戦を練りたかったため一旦断り,キリマネ空港外で記念撮影。


キリマネで活動中の先輩隊員Sさんと合流するまでに時間があったため,ひとまず市内に進出することに。
多少距離があったため,話しかけてきてくれたタクシーのおんちゃんに頼んで乗せてもらうことに。ちなみに最初はやや高めの値段を設定するけど,「他のタクシーにも聞きに行く」というと値段を下げるのはマプトと変わりませんでした笑
市内の中心部にある「フラミンゴホテル」まで400MT。相場がよくわからないのですが若干高かった気がします……!

タクシーを降り,しばらく市内をぶらぶら!
キリマネはマプトに比べて本当にコンパクトにまとまった感じの閑静な街で,時間の流れ方が全く違う気がしました。

日差しはマプトに比べて強い気がしました……!
そして街中には車よりも自転車やバイクが多く走っています。
心なしか,車のスピードもゆったりとしている気がしました。


州庁舎?のすぐお向かいには,きれいな小学校が。
建物は決して新しくはありませんが,大切に使われている感じがしました。


街中には憩いの公園がいくつもあります。
中にはブランコやシーソーなどの遊具が備え付けられていたり,カフェが併設されているところも……!
我が地元Magoanineにもほしい……!!


カメラを首からぶら下げて歩いていると,「写真撮ってよ!」と声をかけられます。
マプトじゃカメラを首からぶら下げて歩くこともなかったので,きわめて新鮮な体験でした。
陽気な建設作業員のおっちゃんたちです笑

この人たち以外にもたくさんのキリマネの人々とすれ違ったり話しかけられたりしましたが,マプトの人に比べてあっさりしてるというか,変にしつこくない感じがしました。ちょっと外国人に対して距離感を持っているような,警戒しているような……
ただ,別に他人行儀なところはなく。あまりガツガツしすぎず,日本人にとっては心地よい距離感だったように思います。

☆エンカウント!『捨てられた教会』!!



散策中に,廃墟好きにはたまらない建物も発見しました!
まさに「捨てられた教会」という感じです。ファンタジーファンにもたまらないスポットです。




入り口付近に警備員さん?もいましたが,ひと声かけると中を案内してくれました。
もっと質問すれば色々答えてくれたのかもしれません。
私たちが見ている間にも,現地の方や観光客と思しき方々が入って来ていました。




崩れかかった階段も昇らせてもらいました笑
2階は床が崩れているところもあり,階段も途中で崩れていて一番上まではいけませんでした。塔のてっぺんは,もともとは鐘を吊っていたそうです。



通路わきには中庭も。
草が伸び放題になっているのが,かえって人の手から離れたことを感じさせていい雰囲気でした。

最後に,おそらく正面に出ました。
丸く空洞になっているところには,かつてはステンドグラスでもはまっていたのかなぁ……と色々想像してしまいました。

ちなみに……
ぐるっと一周し終わってから警備員さんに「ジュース代くれ」と言われました笑


☆買い付け!北部のカプラナ!☆


適当に市内を散策したのちに,今回お世話になった先輩隊員Sさんと合流。
Sさんは間もなく任期終了するベテラン隊員です。キリマネのプロ!
そんなSさんにお願いして,カプラナ屋さんに連れて行っていただきました。

カプラナって?と思われる方も多いかと思います。
カプラナとは,モザンビークの伝統的な布織物で,実にアフリカンな柄がたくさんあります。
更に面白いことに,地方ごとにそれぞれの柄があって,首都マプトでは見たことのない柄が北部にはたくさんある!ということでした。
ちなみにこのカプラナ生地を買って,仕立て屋さんに持ってくと,オーダーメイドのカプラナ服を作ってくれます!
私もモザンに来て最初の1か月くらいでシャツとベストをこしらえてもらいました。

さて,そんなわけで。
初北部進出だったので,ぜひともカプラナは買いたい!というのが私の旅の大きな目的の一つでした笑



マプトでも見たことがない,大きなカプラナ屋さんに連れて行って頂きました。
この壁一面に展示されているのがすべてカプラナです!
写真に入っていない部分にもカプラナや普通の布など,とにかくたくさんありました。

大体1枚(1m)250~300MTくらいが平均価格かと思います。
安いものだと200MT切るものとか,高いと500MTとかのものもあります。

今回キリマネでは,合計4枚のカプラナを購入しました!
すでに仕立て屋さんに預けてしまったので画像はありませんが……服になったらご紹介したいと思います!



他にもメルカド(市場)や川沿いの屋台,市街地から少し離れた総合病院など色々案内していただきました!
次回はそういったところも紹介していきたいと思います!

2019年5月14日火曜日

初・海外「旅行」!モザンビーク北部「ザンベジア州」へ!!(出発編)

お久しぶりです!
お散歩隊員ジャッキーです。
気が付けば最終更新日から早1か月以上……更新しようと書きかけの記事も半分もいかずにストップしておりました。

そんな状況を打破するためにも!今回は私の人生初!海外旅行記を書きたいと思います!!
ちなみにモザンビークへは「旅行」で来ているわけではありません。あくまで「渡航」。
しかし今回は,先輩隊員を訪ねはしたものの,自分の活動と直接の関係はございません。まさに「旅行」です!


ちなみに今回の同行者は,同期隊員でもう一人の初海外勢,Tくんです。


さて,今回我々が訪れたのは,モザンビークの北部に位置する「ザンベジア州キリマネ」という町です。
普段活動している首都マプトは,モザンビークの南端。ザンベジア州は北端とまではいきませんが,その間は2000kmほど開いています。
そんなわけで,今回は飛行機を使っての旅行となったのであります。


☆初!海外で飛行機手配!!☆


そんなわけで!
国内でも飛行機を自分で手配した経験はおそらく片手で数えられるほどです。
そんな私が海外で飛行機の手続き……いやいやマジですか,と最初は思いましたが……。
今や超国際化社会。日本の旅行サービスサイトで,世界中の航空券を調べられる時代でした。おまけにクレジットで購入する際に使う貨幣は日本円。なんの心配もいらないまま,ほいほいクリックしているうちにチケットはとれてしまいました。


☆前途多難!?飛行機の時刻変更☆


チケットの手配があっという間に終わったので,あとは出発するだけとなってウハウハしていた出発2日前……突然その情報はやってきました。

「飛行機の時刻変更について(英文メール)」

やめて!
私ポル語も今一だけど英語はなおさら今半分以下です!!

と思ったけれどとりあえず読んでみると,とても分かりやすい英語表記のため何とか解読可能。
どうやら朝一番で飛ぶ予定だった飛行機の遅延が決定し(2日前に),10時ごろ飛ぶことになったようでした。
なんだそれならゆっくり出発できるや,とのんびり構えたのもつかの間……
一抹の不安が胸をかすめました。

「あれ……乗り換えの時刻大丈夫……?」

そう,今回の旅程は,比較サイトで最安値とされていた「乗り換え1回プラン」を選択していたのです。
当初の予定では乗り換えの待ち時間が1時間半以上あったため,何の心配もしていませんでしたが,遅延時間は3時間以上……便利な便利な旅行情報共有サービスに今回の旅行の整理番号?を入力したところ,乗り換え先への到着時刻が,出発時刻を余裕で超過している事態が判明。

このままでは到着できない!!
というわけで今回利用することになった「LAM(モザンビーク航空)」に問い合わせました。
・夕方過ぎだったので電話は繋がらないと踏み,メールで連絡。
・同行者のTくんに添削を頼む段階になって,何故か英語でメールを書いていたことに気が付く。

というよくわからない状況でしたがとにかく送信。
およそ1時間後……知らない番号からの着信。まさか,と思い出てみると,案の定LAMの担当者さんからでした。
おそらく英文でメールを書いていたためでしょう。最初から英語で話してくださる紳士っぷりです。しかし大変申し訳ないことに,私の英語は中学生レベル。まして最近はポル語に浸食されまくっており,中学生の毛が落ちたレベルです。
思い出せない英単語,表現……随所に交じるポルトガル語……2年前にお世話になった某小学校の当時5年生諸君の方が,おそらくよっぽどいい英語話者だと思われる事態。
(もし見てたらぜひ英語でコメント書いてね!ちゃんと返信できない可能性大だけど!!)

しかし,担当者は紳士でした。
随所でポルトガル語の単語が聞こえたためか,「ポルトガル語の方がいいですか?」と一言。
飛びつくように「Sim! Por favor!!(はい!お願いします!)」と述べ,その後は基本ポル語で,時々英語で補足説明をする,という神がかった対応をしてくれたのでした……!!

で,結局担当の紳士がおっしゃりたかった内容としては。
・今回の遅延はLAM側の不手際なので,直ちに新しい便を用意させてもらう。
・当日は予約内容と全く同じ旅程は用意できない。もし同じ旅程を希望するなら,一日早くか土曜日出発になってしまう。
・時刻が変わっても構わないのであれば,当日の午前中の便に変更することができる。

とのこと。
またLAMの事情なので,変更の手数料なども必要ない,ということでした。

十分すぎる内容のサポートに感謝しながら電話を終え,無事出発できることとなった初海外旅行。出発前にドキドキしまくりましたが,LAMのステキな紳士との出会いに感謝感謝でありました……!!


☆いざ出発!ザンベジア州キリマネへ!!☆


散々ドタバタした出発前でしたが,当日はなんの滞りもなく出発することができました!
すったもんだしながらマプト空港国内線ターミナルに到着。
最初は空港に入っているLAMの窓口に行き,「チケットを発券してほしいんだけど」みたいなことを話してから入りました。

今回は手荷物だけのため,搭乗受付でリュックにタグをつけてもらい,保安検査場へ。
陽気なけん玉好きのおっちゃんと,スカーフがお洒落なおばちゃんに見送られ(?)待合室へ。


時間にビビりまくりだったため出発まで1時間以上の空き時間が発生。特に何をするでもなかったので,国内線2階のカフェでおやつタイム!



その後もいい感じに待ちながらいよいよ飛行機に搭乗です!
離陸前には色々と暗い話題で盛り上がり(墜落したら最後のスカイダイビングを楽しみたいとか,どうせなら動画撮ってアップしてから叩きつけられたいとか……),いよいよテイクオフ!!
窓際の席でもなかったので,飛び始めて割と早い段階で睡魔に負けました。


その後機内食が出てきたり。


眼下に広がる美しい海を眺めたりしているうちに。


飛行機はキリマネ空港に到着しました!!
ちょっとかわいい小さめサイズの空港から,キリマネでの4日間がスタートするのでした。

到着後の様々については,また次回!
それではー!!


2019年4月6日土曜日

海外で感じた,「敬意を示すことの大切さ」(第10週 3/31 ~ 4/6)

 Ola!

 体調不良から完全復活!!とまではいきませんが,とにかく元気になりました!
 まだ体力が戻らないのを一番実感するのが,大好きなお散歩の最中です……途中からどうもお腹が気になりだし,体に倦怠感(疲労感?)が訪れます。

 これが30代か……

 などと思っていてはいけません!!
 私の知る限りにおいて,30代でも40代でも若者に負けずにバリバリ動いている方は大勢います。年齢を言い訳にしたら終わり!やりたいことをやりたいようにやるだけの体作りは絶対続けます!

☆初のガチギレ in Moçambique☆

 やっちまいました。
 草の根外交官。外交官としてあるまじき行為だったと,正直少し反省しています。
 でもどうしても頭にくる出来事だったのです。

 それは体調が戻り,活動も再開できた日のことでした。
 食材が底をつきそうだったので買い物に出かけたところ,シャパ(バス)がパラージェン(乗り場)に停まってお客さんを下ろしていました。
 別に何も考えずに普通に横を通り過ぎようとしたところ,コブラドール(車掌)から「Oi」(よう!)と声をかけられました。乗ると思ったのかな?と思って立ち止まったところ。

「チンチャンチョン!wゲラゲラゲラw」

とあからさまにバカにした態度。
 いつもだったら「はぁ?」みたいなジェスチャーして通り過ぎるところでしたが,いかんせんこの日の私は心のゆとりがいつもの半分以下でした。思い切りガン睨みして,「他人に敬意を持つべきじゃない?」と片言ポル語で反論。

 前に子供と同じような問答をした時は,こっちが不快に思ってるのに気付いたのか,子供は「はい……」とシュンとなってくれたのですが,今日は相手が違いました。

「何言ってんだよ,ここはモザンビークだぜ,おっさん」

 吐き捨てられたこの一言が,私の逆鱗に触れました。

 「もちろんだよ,ここはモザンビークだ」
 「モザンビークには何の問題もないし,私はモザンビーク人が大好きだ」
 「でもあなたは違う。人に敬意を持たないあなたは問題だ。私はあなたが嫌いだ。」

 ということを片言ポル語でめっちゃしゃべりました。
 しかしコブラドールは「何言ってんだこいつ?」みたいな感じでシャパをたたき,車は走り去っていきました……。

 残された日本人は憤るしかなく,もうそのまま帰ってふて寝してやろうかとすら思いましたが……その時パラージェンで降りたおばちゃんが,話しかけてくれました。

「ぶんなぐってやればいいのよ」

 おばちゃんの言葉が,自分の中でスイッチを切り替えてくれたように思いました。
 と同時に,なぜコブラドールの一言がものすごく頭に来たのかも納得がいきました。

 一瞬モザンビーク人やモザンビークに対してネガティブになりかかった自分でしたが,そもそも腹が立ったのはあのコブラドールに対してです。他の乗客は別に笑ってもいなかったし,第一自分も言った通り。モザンビーク人は本当にいい人がたくさんいます。

 そんな腹立たしいコブラドールが,モザンビークすらも侮辱したように思えて,自分は無性に腹が立ったのだと思いました。自分の無礼をモザンビークのせいにしている発言が,ものすごく嫌だったのだと思います。

 確かに中国人に間違われて嬉しくはありません。日本人だからです。でも「ニーハオ」とか「シネーズ(中国人)」とか,そういうのは知らないのだから,仕方がないと思います。
 むしろきちんとこちらを見て,挨拶をしようとしているのであれば,きちんと挨拶を返して,「私は日本人なんですよ」と説明するべきなのだと思います。そうすれば次からは「ジャポネーズ!(日本人!)」「カズ!」と呼んでくれるようになります。

 敬意をもって相手に接すること。それは日本だからとか,先進国だからとかではなく,人と人とが関わっていくうえで,なくてはならない意識なのだと思いました。


 結果的におばちゃんに憤りを抑えてもらったお散歩隊員は,校長先生から情報を頂いた近所の中華ショップを探して病み上がりなのに歩き回り,かなりの疲労を得てしまったのであった……。


☆大調査!モザンビークのお買い物事情☆

 というわけで!
 かねてより注文のあった,モザンビークのお買い物事情について,今回から少しずつ書いていきたいと思います!

 というのも,モザンビークには「あー,イメージしてたアフリカだわ」と思う露店や市場もあれば,「ん!?アフリカってこんな感じなの!?」と驚きを禁じ得ないスーペルメルカド(スーパーマーケット)まで,様々なお店があります。
 私もまだまだ初心者ですので,見つけたお店や気になったところを順次ご紹介していきたいと思います。

〇お店ナンバー01 「Shoprite(ショップライト)」

 記念すべき第一回は,私も日ごろからお世話になっているスーパー「Shoprite」のご紹介です!
 Shopriteは南アフリカ資本のスーパーらしく,野菜や果物はもちろん,肉,魚,冷凍食品,乳製品,ジュース,お酒,缶詰などなど……食料品はほとんどなんでも仕入れることができます。
 また中にデリコーナーやパン屋さんもあり,バリエーション豊富なお惣菜やお店で焼いたパンを購入することもできます。

① 果物やお野菜はどれも新鮮!……とは限りません。
腐っているものを見極めるのも大切です。
基本的には量り売りなので、欲しい分だけ袋に入れて,
店員さんに渡すと値段シールを貼ってくれます。

② チーズやバターも色々な種類があります!
ゴーダ,チェダー,モッツァレラ……
中身は日本と同じように,一枚ずつ包まれています。

③ ジュースも一区画を占める品ぞろえ!
メーカーもたくさんあります!
ちなみに…手前のメーカーのミックス
ジュースはネーミングが面白いです。
(例:秘密の渓谷,季節の宝物など…)

④ アイスクリームも色々!  
奥に見える赤いパッケージは,
ショップライトのプライベートブランド?です。

⑤ 冷凍のピザもあります。
冷凍食品は他にもお惣菜やミックスベジタブルなど
種類が豊富です!

⑥ パン屋コーナーです!
食パン,長パン,ベーグル,クロワッサン……
ケーキも売っていたりします。


 さらには,文房具や洗剤,シャンプーやベビー用品といった日用品から,電子レンジやトースター,ケトル,果てはスチームクッカーといった調理器具まで売っている店舗も!
 我が家の最寄のShoprite(徒歩30分強)は,規模的にはそれほど大きくはありませんが,それでもレンジくらいは買うことができます。

 またショップライトの周りに色々なお店が並び,ショッピングモールのようになっているのもとても便利です。
 (私の実家のすぐ近くにあるヨー〇タウンみたいだなぁ,と思っています)

 最寄り店には
 ・レストラン(焼いた肉とお酒を提供する店?)
 ・PEP(「ファッションセンターし〇むら」に近い。服と雑貨屋)
 ・Vodacom(携帯ショップ)
 ・ピザ屋
 ・Taka Famba(ハンバーガー屋。安全アドバイザー曰く,世界一美味しい店)
 ・King Pie(スイーツショップ。毎週火曜日はソフトクリームが24MTに!)
 ・KFC

 のようなお店が並んでいます。
 生活圏内に世界的チェーン店があることを知った時の安堵感は,中々のものでした。

 ……ただ,まだトライはできていません。
 本当は誕生日に行くつもりだったのですが,例の体調不良でそれどころではありませんでした……


 以上!ショップライトのレポートでした!

 明日は土曜日ですが,小学校は「体育の日」だそうで,みんなで集まって運動するのだそうです……!
 でもそんな日があるというのはとても素敵なことです!今年は逃しましたが,来年はぜひ運動会を……などと画策してしまう日本人でした。

2019年4月4日木曜日

番外編① 1週間の闘病と,病人を救った日本のもの

 Olá!(こんにちは!)
 さてさて……前回の更新でもチラッと書きましたが,この度私は盛大に体調を崩していました。どのくらい崩したかというと。

①連日の下痢(3時間置き位でお呼びがかかる)
②食欲の減衰(腹痛なのか空腹なのかもよくわからないが,食べると下す恐怖もあって食べたくない)
③発熱(30歳の誕生日深夜に39.5℃
便に血が混ざる恐怖の症状

これでオプションに嘔吐でもついてたら……と思うと恐ろしくて仕方ないです。
 (実際マックス熱が上がった夜は吐き気もあり,動けなくなって床に倒れこんでしまいました……)

 活動先のご理解を頂き,ゆっくり療養させて頂いていたおかげでずいぶんとよくなったので,明日からは活動開始したいと思っている水曜日の夜です。


☆体調を崩した私を救ったもの☆

 モザンビーク到着以来,最も体調を崩した今回。
 何が自分を救ってくれたのだろう……と考えた時に,「これだ!」と言えるものがいくつかありました。ブログをご覧頂いている方の中にも,これから長期間海外に滞在しようと考えている方もいらっしゃると思いますので,いくつか紹介したいと思います。

① 経口補水液(スポーツドリンク)


 兎にも角にもこれ。これの存在は大きかったです。
 今回一番悩まされた下痢は,ご存知の通り水分を大量に消費します。同時に塩分や糖分といった生命維持に必要な成分も,汗と下痢によって失われていきます。
 そういったものを,効率よく,そして何より美味しく補給してくれるスポーツドリンクは,なかったらダメだったかもしれないとさえ思います。

 ちなみに,モザンビーク産の経口補水液パウダーもあります。
 表紙の見た目はおいしそう!オレンジ味?!
 病院で処方されたときにはワクワクして,1Lのミネラルウォーターに溶きました。
 ちょっと薄いがオレンジ色!匂いも薄めのオレンジジュースみたい!美味しそう!

 ……………
 なんじゃこりゃ
 水で薄めた海水。塩水。他の形容が思いつきません。
 まっずい!!!
 結果……今回の体調不良で,ポカリ1袋,アクエリ1袋,ビタミン飲料1袋の計3つを消費しました。日本のスポドリは美味しい。子供がジュースみたいってガブガブ飲めるくらいです。美味しいに決まってます。ありがとう。

 以上からもわかるように,特に途上国長期間滞在するのであれば,水に溶いて服用するタイプのスポーツドリンクをちょっと多めに持ってきておくことをお勧めします!ちょっと多めにあると,ケチらずにいざというときに使いやすいと思います。

(ちなみにモザンビークにも500mlペットボトルでポカリが売っていました。日本の倍ぐらいします……!)

② 日本の米

 アフリカで主に食べられているのは細長いお米です。
 炊くとパラパラしていて粘りはなく,汁気のあるカレーや煮物と一緒に食べると非常に美味です。
 しかし今回,病人の私が欲していたもの……それはお粥でした!

 偉大なる日本の食文化,お粥。世界的にも認められる優れた病人食です。
 お粥を作るには,やはり日本のお米特有の粘りが必要です。以前アフリカ米でおじやを作ろうとしたことがありましたが,全くうまくいかなかった苦い思い出があります。

 今回はたまたま常備していた日本米があったため,それをふんだんに使ってお粥を作りました。レシピはこちらを参考にさせて頂きました……


 米1に対して水5の比率で炊くといいらしいです!
 水を吸わせる時間をとらなくても美味しくできるレシピ,とてもありがたかったです!

 ということで……。
 お粥嫌いな方もいらっしゃるかもしれませんが,それならばうどんでも何でも構わないので,体調不良の時に食べられるものを常備しておくことはやはり大切だと痛感しました。
 もし渡航先の食文化に不安がある場合は,日本から「これだけはいつでも食べられる!」というものを持ってきておくといいと思います!

③日本の味(ふりかけ)

 お粥と合わせてもよかったのですが,この存在には特に助けられたと思うので,別枠でご紹介します。
 お粥も確かに素晴らしい病人食なのですが,味付けはせいぜい塩・醤油・味噌。卵や中華粥もいいのかもしれませんが,残念ながら今回その余裕はありませんでした。
 そんな中,白がゆに華々しいレパートリーを添えてくれた存在がありました!
 ふりかけたちです。
 特にありがたかったのが,真っ赤なパッケージの「男梅ふりかけ」。梅の酸っぱさが体と心を癒してくれる思いでした……!3日ほど粥を食べ続けましたが,2日目以降は完全にふりかけのお世話になりました。
 またこのふりかけ,今回は粥にかけましたが,普段の白米でも大活躍します!日本にいるときはそれほど執着のなかったふりかけですが……こんなにもお手軽に,美味しくご飯を食べられるなんて……と,日本の食が米とともに歩んできたことを改めて実感させられました。

 そんなわけで!
 私としてはスポドリに並んで海外携行お勧め商品ナンバー1に推したいくらい,ふりかけはお勧めです!特に米を炊いて自炊しようと思ってる方,かさばらないしバリエーションも豊富。かければまず間違いなく美味しい。ぜひおすすめです。


☆まとめ☆

 健康体で派遣されたつもりの協力隊員。
 協力隊は健康基準が非常に厳しく,合格した時点で健康面だけは大丈夫だろう!とタカをくくっていた部分もありました。
 しかし,初めての海外。しかも長期滞在で一人暮らし。言葉も食べ物も考え方も,何もかもが違う環境での生活は,確実に疲労となって蓄積されていたのを実感させられる経験となりました。
 
 そんな中で何が自分を救ったのかというと!

 ①とにかく職場の理解!これがなければ休めなかった。
 ②様々な「日本」の知恵と技術の結晶!やっぱり日本はすごかった!
 ③心配してくださったたくさんの方々

 特に記事の中では②を中心に書きましたが。
 ①と③も外せません。③はJICAの現地スタッフの方々を始め,同期隊員,活動先の校長先生やカウンターパート,お家の大家さん……本当にたくさんの方に温かいお心遣いを頂きました。感謝の気持ちでいっぱいです。
 物ももちろんですが,やはり一番最後に人を救うのは人の心なのかもしれないな,と思いました。皆様本当にありがとうございました!





 最後に。
 今回紹介した日本グッズのほとんどは,実は白川が用意したものではありません。
 出発の前日,奇跡的に再会を果たした友人からのお餞別として受け取ったものでした。

 出発前の白川は,「食べ物くらい向こうで何とでもしてやるさ!」と息巻き,粉末のポカリは一応多めに買っていたものの,それ以外の日本食は一切持ち込みませんでした。
(その後,日本食を求めてマプトを彷徨うお散歩隊員が誕生するわけです……!)

 勢い任せの私とは対照的に,長期の海外生活について真剣に考え,まさに的確に必要不可欠な要素を持たせて送り出してくれたR君です。出会った当初から謙虚なしっかり者で,「みんなのアニキ」でした。私も彼からたくさん学び,感銘を受け,そして命を救われました。

 「ものではなく心」と言いましたが,物に宿った人を思う心もまた,人を救うのだと思いました。
 R君にも,最大の感謝を込めて……本当にありがとう!!

2019年4月2日火曜日

海外で感じた「物の価値」について(第9週 3/24 ~ 3/30)

 Bom dia!(ボンディーア!)
 とうとう華の20代が終わり,30歳となったお散歩隊員ジャッキーこと,白川です。
 たくさんのお祝いメッセージ,本当にありがとうございました!
 さて,最初に書いたのはポルトガル語の挨拶です。私の活動は今のところ午前中に行われるので,一日に少なくとも2~3回はこの言葉を使っています。日本語の「おはよう」です。ポルトガル語も日本語と同様に,時間帯で挨拶が変わります。

・Bom dia(ボンディーア,ボンジーア) → おはよう
・Boa tarde(ボアタルディ,ボアタージ) → こんにちは
・Boa noite(ボアノイティ,ボアノイチ) → こんばんは

という具合です。カタカナ読みはあくまで目安だと思って頂ければ……!
 そんなわけで,今週は色々とイレギュラーなこともあり,考えることもたくさんあったので,ちょっと予定を変更して,モザンビーク人の「物の価値観」について考えたことをツラツラ書いてみたいと思います。


☆エピソード① 日々のものの管理☆

 モザンビークに来て驚いたのは,意外ときれい好きなんだな,ということです。
 お店のディスプレイなんかものすごく凝ってるし,道端の露店ですら靴をきれいに並べ,野菜もわかりやすくひとまとめにして一山いくらと売っています。
 洋服についても同様です。シワシワのシャツなんてあり得ない,子供が着ている制服でさえ,きちんとアイロンがけされていたりします。

 ただし,それがすべての面について当てはまるかと言われると必ずしもそうとは言えません。
 例えば自分の家の周りは,毎朝掃き掃除をして,土曜の朝には草刈りしたり花を植えたりして,とても清潔きれいにしている家が多いです。私の任地は一応首都ですが,郊外の人口密集地なので,かなり古い家やボロボロの家もありますが,そんな家でも「きれいにしてるな」というのがわかる使われ方をしています。
 反面,共有スペースとなる道路や広場,学校などでは全く話が異なります。
 お菓子の袋やペットボトルは平気でポイ捨てです。黒板の前にオレンジの食べカスを捨てていた生徒に注意をしたところ,教室から出ていった矢先に外に向かって放り投げる,という場面にも遭遇しました。
 ジュースやビールの瓶が割れて危険そうなところを,小さな子供が裸足で歩いていたり,小学生が駆け抜けていったりもします。車の中からもポイ捨てをします。下手したら歩行者や対向車にぶつかるのでは…と冷や冷やすることも。
 (バナナの皮を窓から投げ捨てた時には,思わず〇リオカートを思い出してしまいました)


☆エピソード② 与える人と要求する人

 途上国というと,やはりイメージされるのは「物乞い」や「ストリートチルドレン」といった,言い方は悪いのですが他人にお金や物品を恵んでもらって生活できている人たちの存在でした。
 ここモザンビークにも,やはりそういった人は少なからずいます。首都マプトの中心街であっても,歩いていようが車で移動していようが,必ず1回は子供から声をかけられます。
 大概は「パンを買いたいから10mtくれ」「おなかがすいたからお金をくれ」といったことを言いながら,食べるジェスチャーをしたり,お腹を押さえたりして見せます。
 慣れた子供とそうでない子供もいるようで,最初からやや余裕な表情で「ちょっと困ってるんだよ」と近寄ってくる子もいれば,本当に切実そうな表情でいつまでもついてくる子供もいます。

 そういう人たちの事情は,確かにわからなくもありません。
 特にコネもなく,学校もどこまで修了できているかも定かではない。必然的に就ける仕事が限られます。そんな限られた仕事の枠でさえ,きっとかなりの競争率なのだと思います。働きたくても働けない,雇ってくれない。仕事がないからお金もない。生きていくうえで最低限必要な食物さえ手に入らないとあれば,道行くちょっと裕福そうな人……車に乗っていたり,こぎれいな服装をしていたり,外国に来る余裕がある人だったり……お金を持っていそうな人に少しでも分けてもらおうという気持ちはわからなくもありません。

 反面,モザンビークには「与える」価値観も少なからず存在しています。
 赴任前に行われた4日間の任地訪問の際に,数人の児童がお金を出し合って私にアイスクリームをごちそうしてくれました。さすがに子供におごってもらうのは……と思って払おうとすると,「なんでそんなことするの!?」と割と本気で怒られました。
 また一生懸命描いた絵をプレゼントしてくれる子供や,食べていたおやつをみんなにも分けてあげる子供など……「俺のものは俺のもの」では終わらない,他人と分かち合おうとする文化や価値観も少なからず存在するのかな,と思っています。


☆エピソード③ 欲求が先に立つ人々

 エピソード②で,生きていくために他人に要求する人については「わからなくもない」と書きました。ですが,いくらモザンビークが途上国とはいえ,もちろんそういう人ばかりが生活しているわけではありません。
 店舗や企業などでやとわれて働いている人,食料や衣類などの商品を用意して自分で売っている人,タクシーやチョペラ(3輪タクシー)を生業とする人……日本と同じように,様々な仕事を持った人々がモザンビークにもいます。
 驚いたのは,そういう人たちもすぐに「〇〇をくれ」と言うことです。
 警備員が「家に帰るシャパ(バス)に乗れないから20mtくれ」と言ってきたり。スーパーの店員が「帽子ちょうだい」「時計ちょうだい」を言ってきたり。学校に来た作業員が「俺の家族のために君のカメラをくれ」と言ってきたり……。

 おそらく断ったからと言って本気で困るシチュエーションではないのだと思います。
 現に「〇〇をくれ」に対してはすべて断っていますが,それで本気で不機嫌になられたり,ねちっこく言われたことは一度もありません。きっと言ってる本人たちも,もらえたらラッキーぐらいのつもりで言ってるのかもしれません。
 ただ,日本人としては,初対面で名前も知らない外国人に「それいいね。ちょうだい」とは言わないよなぁ……と思ったのですが,よくよく考えてみると……

 日本も敗戦したばかりのころは,米軍の人が見えるたびに「give me chocolate」を連呼したといいますし。自分たちより裕福な外国人に対しては,やっぱりそういう意識が働いてしまうものなのかもしれないなぁ……と思ったりもしたのでした。
 言われた時点では「なんでそんなこと聞くんだろう」「こっちには礼儀とか失礼っていう文化はないんだろうか」と色々考えてしまいましたが,日本や中国といったアジアの国々に対して,モザンビーク人が持っているイメージがそのまま言動になっているのだとしたら。アジア人は,自分たちとは比べ物にならない金持ちだと思われているのだとしたら。そりゃ色々ねだるのもわからなくもないよなぁ……と思ってしまいます。

 ただ,金持ちアジアンに対してはわかることもありますが。モザンビーク人同士でもその傾向はあります。上記のおやつを分けてあげた子供は,最初一人に分けたところ「俺も俺も」とたくさんの子供に群がられ,有無を言わずにおやつをむしり取られていました。
 またシャパに乗るときなども,決して列を作って待つことなどせず,目当てのシャパが入ってきたら一目散にダッシュ。他の人を押しのけてでも自分が最初に乗り込み座ろうとします。
 いい見方をすれば,チャンスを是が非でもつかもうとするハングリー精神。悪い見方をすれば,無秩序,ということなのかと思います。
 上のおやつの例なら,「食べるチャンスを何が何でもものにする」ための行動力も意思もありますが,それによって「最初の持ち主がどう思うのか」「他の子供がどう思うのか」は基本的に度外視です。そしてきっとその日は食べれたとしても次からは,分けてくれた子が学習して,誰にもおやつを分けないか,本当に仲のいい子だけにこっそりと分けるようになるでしょう。

 というのは日本人の考え方で,モザンビーク人にはまた全く違った価値観があるのかもしれません。まだまだわかりません。
 ただ,一定数の「欲求が先に立つ人」の存在がある,というのがここまでの私の印象です。


☆まとめ☆

 結論として何かが言えるわけではないのですが……!
 とにかく考えたのは,

 ①モザンビークは物資的には割と飽和状態?ゴミが処理しきれていない。
 ②「自分の空間はきれいに,その他は無頓着」「自分の欲求が先に立つ人の存在」→自分の範囲しか見えていない,狭い視野?
 ③反面,他人に優しくしようとする人の存在もある。

 こんなところでした。
 特に③に関しては,物をあげるだけではなく,道で困っている人がいれば手助けしてくれたり,シャパの中でおばあさんに席を普通に譲ってあげていたり,よくわかっていない外国人に親切に説明してくれたり……モザンビーク人は基本的に親切な人が多いです。そしてその親切に,何かしらの対価を求めようとすることもありません。ギブ&テイクではなく,ギブはギブ,テイクはテイクな価値観なのかもしれません。

 本当は週末に上げたかったこの記事なのですが,実は30になると同時に体調を崩し,昨日今日あたりに何とか持ち直してきておりました。それはもう,熱は上がるわ下痢は止まらないわの阿鼻叫喚地獄絵図……外国の地で自分は死ぬのだと本気で思いました(笑)
(実は20歳もインフルエンザとともに迎えた白川……10年おきに何かが起こるのかもしれません)
 体調崩している間の奮闘記なども,次回以降に織り込んでいきたいと思います。
 それから!モザンビークのお買い物・お店事情や,去る3月26日に行われた「東洋の星小学校開校記念祭レポート」も書いていきたいと思います!お楽しみに!



☆おまけ☆

 日本でも報道された(と聞いております)サイクロン「イダイ」に被災した中部の都市に向けて,わが小学校でも支援物資を送付する運びとなっていました。先生方はもちろん,各家庭からも衣料品や食料がたくさん持ち寄られ,ちょっとした小山になっていました。
 こんなところにも,モザンビーク人の「見返りを求めずに助けようとする文化」が見え隠れしているのかな,と思いました。